礼とエリとお昼を食べてから自販機でジュースを買うと言ってから気づけば屋上に来てしまった。「屋上行って来るからせんせーには適当に言っといてね」自販機の前にいた健にジュースを奢る代わりに頼んで、きっと今頃あたしは保健室にでもいる事になってるはずだから次の授業には出なきゃと思いながらもここから動きたくない。今日が空を真っ黒な雲が覆って大雨なら失恋した、って理由で涙を流すことが出来たのに生憎天気は快晴で、午後の日差しは強い。気持ちのいい風が吹いてないならきっと1人になれる屋上でもここには来なかった。がちゃ、風の音とグラウンドで体育をするクラスの声しか聞こえなかった屋上に響いて、首を少しだけ回した。

「なんだ、幹雄か」

とても残念そうに言えば幹雄は何か言い返してくると思ったけれど「よ、」と表情を柔らかくしただけだった。健や鶴ならきっと子供みたいに言い返してきてくれて、このもやもやした気持ちについて考えずに済んだのにと思って幹雄から視線を外す。幹雄の足音はあたしの傍まで来て止まって、それが当たり前かのようにあたしと1メートルも開かない所に腰を下ろしてきた。

「……何しにきたの」

「息抜き?」以前1度だけ息抜きしに屋上に来たって話を幹雄から聞いてたから口にしてみた。階段の柵を越えて階段を上った先にある屋上の鍵はどうしてだか閉まってない、とその時に聞いたのが今屋上にいる理由だけど。

「健からがここにいるって聞いたから」

1人になりたかったのに。健は余計な事を言ったから礼に健のありもしない悪口を言って嫌われてしまうようにしようと思いながら「だからって来なくてもいいでしょ」戻って、という思いを込めて吐き捨てた。

「お前朝から元気なかったろ?心配だったんだよ」
「余計なご心配どうもありがとう」

可愛くないことを言えば幹雄は呆れて戻ってくれるかと思ったのに隣の気配は立ち上がろうともせずに黙った。「幹雄の心配には及ばないから戻って」汚れなんて気にせず横向きに寝転がって幹雄に背を向けた。可愛い子とか綺麗な人が好きなはずの幹雄はいい加減愛想を尽かしてしまえばいいのにと思うけど、それはあたしが思うだけに過ぎなくて幹雄はその通りには動いてくれない。その上、あたしの頭をゆっくりと撫でてきた。まるで壊れ物でも扱うように触れてくる手を拒む事も出来ず、撫でるだけには留まらず髪を梳くそれも拒めずにさらさらとあたしの髪を流す風の音に意識を集中させて、幹雄の指の感触をないものにしようとした。さらさら さらさら、風が流す音なのかあたしの髪を幹雄の手が流す音なのか分からない、意識はどうしても幹雄が触れる髪に集中して、」風の音だと思っていた音はいつのまにか髪の流れる音になってた。

「 まぁ、男なんてその男だけじゃないだろ」
「…、それは幹雄だから言えるの」

幹雄が一体どこであたしが失恋した、みたいなことを聞いてきたのかは気にしないことにしてその言葉にいつか見た年上の綺麗な女の人と歩く幹雄の姿を思い出した。「あたし、きれーな女の人と幹雄が歩いてるの見た、し」一瞬、手の動きが止まったからあの人はやっぱり彼女さんだったのかなぁと思ったら無意識のうちに唇をきゅっと結んでいた。

「それ、多分姉ちゃんだわ」

「似てないんだよな」さらさら髪の毛が流れて唇は緩やかに結ばれた。そう言われてみれば手も繋いでなければ腕も組んでなかった気がするけど、もうこの話にさほど興味はない。それでも一応興味がある振りをして、「お姉さんいたなんて知らなかった」せっかく続きそうな会話を止めまいとする。

「…ああ、じゃあこれも知らない?」

髪から手の感触が消えたからどれ、と口にする代わりに体を起こしながら幹雄の方を向いて口が動くのを待った。面倒くさそうな表情をよくする幹雄にしては珍しく目が優しくなって、意識をさらさらと流れる風の音に集中させようとしても出来ない。

「俺が、好きな人が失恋したのに慰めるだけで終わるいい人じゃないってこと」

優しい目に遅れて口元も優しそうに緩やかなカーブを描きながら「 な、またあたしの髪をさら、と梳いているけど今度は髪じゃなくて幹雄の目以外に意識は集中出来なくなっていた。ゆっくり、「 幹雄が、」恐る恐る口を開けば幹雄の目線は一瞬口の方を向いたのにあたしの目へと戻ってきた。

「失恋の痛みにつけ込む人だとは知らなかった」

何だかおかしく思えた途端もやもやは消えていて、あたしも幹雄と同じように口元に緩やかな曲線を描いてみせれば嬉しそうに口元を緩ませて、髪に触れた手がそのまま頬に触れた。

「これから知ってけばいいだけの話だろ」

さらさらと流れる風があたしと幹雄の隙間を通る前に幹雄が隙間を失くして、あたしの意識は幹雄の全てから離れないようになった。





屋上


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