"校内アンケート" と書かれた紙を片手に、クラスの子達は雑談中。
椅子を移動させたりして友達の席で「何書く?」とお互い聞き合ってる。
そんな我がクラスは只今自習中。
此の紙切れを配った後、担任は「明日の朝までに書いておく事」そう言った。
そして「それじゃあ自習!」と言った後、理由も言わずに教室から出て行った。

何ていい加減な担任なんだろう。そう思うものの自習は有り難い。

クラスの子は皆友達同士で集まっている中、あたしは1人自分の席。
窓側の一番後ろの席に座って、隣で腕を枕代わりにして珍しく寝てる安田観察。
別にあたしの前の席に座って同じく寝てる錦戸観察でも良かったんだけど、安田観察。
理由は生徒会の仕事が忙しいんだとか何だとかで、普段は寝ないけど今は寝てる安田だから。

でもそれにも飽きてきて、あたしは "校内アンケート" と書かれただけのただの紙切れに文字を書いて、折り始めた。
こんな事するのは小学生以来だったから、どの折り方が一番いいのかは分からなかったけど、とりあえず折った。
折り終わった紙切れは、今やただの紙切れという名称じゃなくて、紙飛行機になっていた。
その紙飛行機を開け放してあった窓から飛ばした。
紙飛行機を慌てて目で追う必要なんてなくて、真っ直ぐ綺麗に向かい側の校舎の教室の窓へと入っていった。
教室の窓は小さかったのに、まるでそこに紙飛行機が入っていく事が前もって決められていたように、紙飛行機はその窓に吸い込まれていった。















紙飛行機の行方は、

君との出会い

















紙飛行機が入っていった教室は三年生。あたし達より一個上の学年。

確か、あの教室は。

紙飛行機は教室の一番後ろの窓から入ったみたいで、幸いにも教室に居た1人を除いて、紙飛行機が入ってきた事に気づいていなかった。
気づいた1人が気づいてしまったのは、安田と同じように腕を枕にして寝ていた1人の頭に直撃してしまったっぽいから。

直撃した事に気づいた時点で顔を引っ込めれば良かったものの、あたしは何の危機感もなく紙飛行機の行く先を見つめていた。
運悪く直撃してしまった人は顔を上げ、自分の頭の上に乗っかっている紙飛行機に手を伸ばした。
そして徐に紙飛行機を広げると、あたしが紙飛行機に書いた文字を恐らく読んだ。
少しして顔を上げて窓の外を見つめたかと思うと、直ぐにあたしと目が合ったような気がした。

逸らした方がいいのかもしれない。だけど自ら逸らす気にはなれなかった。

でも錦戸が起きてあたしに声を掛けてきたから、結果的に目を逸らして錦戸の方を向いた。










自習時間の終わりを告げるチャイムが鳴って、皆は一旦自分の席に戻った。
でも直ぐにお弁当を持ったり財布を持ったりして立ち上がったのを見て、もうお昼ご飯の時間だという事に気づいた。




「錦戸、安田」




未だ机に突っ伏せしている二人の名を口にしながら二人の体を揺らした。
すると直ぐに錦戸は起きたけど、安田は疲れが溜まってるのかまだ夢の中。

錦戸に頼んで起こしてもらおう。そう思った時、開け放されていた後ろのドアの所に同学年とは違う雰囲気をまとった人が来たのを安田越しに感じた。

あたしがその人を確認したのと同時に、安田はぴくっと肩を揺らして、何の前触れもなく起きあがった。




「よお寝とったな、ヤス」
「疲れとってんもん」




錦戸と安田がそんな会話をしてる間、ドアの所の人が真っ直ぐあたし達の方にやってくるのが見えた。
錦戸は既に気づいていたみたいだけど、気づいてなかった安田は錦戸と言葉を交わした後ドアの方に目線をやった。




「すばるくん、」




そう口にして、一個上の先輩である渋谷先輩ににっこり笑いかけるのが分かった。




「すばるくん、何しにきたんですか?」
「何やねん、来たらあかんのか」
「別に、そういう訳ちゃいますけど」




同じく錦戸も言って、渋谷先輩に小さく笑いかけた。
渋谷先輩は二人の笑顔を受けた後、あたしに視線を移した。




「…これお前が投げたんやろ」




渋谷先輩が取り出したのはあたしが投げた紙飛行機。

嗚呼、やっぱりあの教室で寝ていたのは渋谷先輩だったんだ。あたしは曖昧だったさっきの出来事を確信した。

紙飛行機、と言われてもさっきの時間寝てた錦戸と安田は何の事だか分からない。
だからか、二人はあたしに聞いてきた。




、」
「なぁ、紙飛行機って?」





錦戸は名前と無言の圧力で、安田はちゃんと問いの内容を言ってあたしに言葉を投げかけた。




「さっきの時間アンケートもらったやん?
 それ、紙飛行機にして投げてん。
 そーしたら渋谷先輩の教室に入ってって、偶々渋谷先輩の頭に当たってもーて」




あたしは小さく悪戯な笑みを浮かべて、不良として恐れられていて、悪い噂しか聞かない渋谷先輩に紙飛行機を当ててしまった事に危機感なんか全く感じていなかった。

悪いとは思ってるけど。謝罪の言葉は紙飛行機の中に書いておいたから問題はないはず。




ー…紙飛行機なんか折ったらあかんで?」
「授業中に寝とった安田が言える事ちゃう」
「う゛…」




言葉を詰まらせた安田は「すばるくんーっ」とか言って渋谷先輩に抱きつきだした。
端から見れば同性愛にも見えるし、何より不良で恐れられてる渋谷先輩に、あの真面目っ子で有名な安田が抱きついてる事自体が凄い事。
抱きつかれた渋谷先輩はというと、「阿呆か」と笑いながら言って、安田の頭を叩いていた。




「お前怖ないんか?」
「何で?」
「噂とかー…あるやろ」
「そうやけど、ほんまかどうかなんて知らんし。
 ほんまやったとしても、錦戸と安田が仲良くしとるんやから悪い人ではないんやろ?」




逆に聞き返せば、錦戸はまた小さく笑って「そうやけど」と言った。

錦戸が笑った後、安田から解放された渋谷先輩があたしを見ているのに気づいた。




「何か?」




渋谷先輩に目を合わせて聞いたら、さっき紙飛行機を投げた時には逸らさなかったのに、渋谷先輩は目を逸らした。




「え…あー…今日ー…帰り、俺の教室来てくれへん?」
「何でですか?」
「え、…え」




間を入れず聞き返したあたしの言葉に戸惑って言葉が出てこない渋谷先輩を見て、錦戸と安田が笑っていた。
「ちょ、黙れお前ら!」必死な顔になって渋谷先輩が言うものの、錦戸と安田の笑いは止まらず、声が少し小さくなっただけだった。




「えー…っとな、…だからー…」
「いいですよ、帰りですよね」
「え?あ、嗚呼…はい」
「ほら、錦戸と安田笑わへんの」




聞き返したのにあまりにもあっさりとあたしが承諾したからか、間の抜けた声で渋谷先輩は返事をした。
その声にまた錦戸と安田の笑い声が大きくなった。




「だってー…すばるくっ…ひゃははっ」
「すばるくんが年下に負けとるって笑えんねんで?」




笑い続ける二人に渋谷先輩は眉間に皺を寄せた。
でも二人の笑いを止める事は出来ないと思ったのか、先輩は踵を返してドアの所まで行った。
教室から出るか出ないかという所で先輩は「あ」と言って振り返った。




「俺、教室に居らんかったら屋上に居るから」




先輩の声がそう聞えたかと思うと、姿は廊下へと消えていた。

先輩が消えた途端錦戸の笑い声は止まって、安田はまだ笑っていたけど錦戸は真顔に戻っていた。




「お前、行くんか?」
「行くけど」
「何でや」
「一応先輩だし。行くって言うてしもたし?」
「…まぁ、すばるくんだけやないやろうし、ええけどな」
「渋谷先輩だけじゃない、って?」




錦戸に尋ねたつもりだったけど、笑いは止まったものの目に涙を浮かべ、まだ半分笑いそうな安田がひょこっとあたしと錦戸の間に現れて、答えた。




「ほら、横山くんと村上くんおるやん?有名やから知ってるやろ?」
「知ってる知ってる。キャーキャー言うてるやん、女子が」
「女子って…も女の子やろ」
「興味ないし。で、横山先輩と村上先輩が何?」
「すばるくんと二人、仲ええねん。
 今はすばるくんと横山くんが同じクラスやねんけど…放課後はいっつも三人で残ってるねんで」




ふうん、と相槌を打って、コンビニで買ったパンと紙パックのジュースを机に置いた。
それを見て、錦戸は「売店行ってくる」そう言って教室から出て行った。









午後の授業はあたしの好きな授業だったから、あっという間だった。

錦戸はテニス部の助っ人を頼まれてるらしくて、安田は生徒会の会議があるらしい。
そしてあたしは渋谷先輩の教室へ行かなきゃならないから、あたし達三人は教室の前で分かれた。

あたし達二年校舎の向かい側、三年校舎へと足を踏み入れた。
確か此の次の次の教室、と自分の教室から見た光景と照らし合わせて歩く。
教室に渋谷先輩か横山、村上先輩が居たら正解。
予想した教室のドアが開いていたから、覗いてみたら横山先輩がいた。
横山先輩は、教室から見える渋谷先輩の席に座って二年校舎の方に目をやっていた。




「あの」




躊躇う事なく教室の中に入って、横山先輩に向けて言葉を発した。
横山先輩は弾かれるようにあたしの方を振り向いて、何か言おうとして口を接ぐんだ。




「渋谷先輩の教室って、此処ですか?」
「……そうやけど」
「そうですか、有り難う御座います」




先輩にそう返して、教室の半分より前の窓から、さっきの横山先輩と同じように二年校舎を見た。
三年渋谷先輩の教室は二階、二年あたしの教室は三階で、結構高さの違いがある事が分かった。




「………………」




僅かに聞えた声で、二年校舎から目を離して横山先輩を見た。




「あ、……」




目が合ったからか、横山先輩は困ったような仕草をした。
そのまま横山先輩が何も言わず、あたしにとっては全然そうじゃないけど、横山先輩にとっては恐らく気まずい沈黙が続いた。
そして、その沈黙を破ったのは後ろのドアが開いた音。




「ヨコー!終わったでー」




入ってきた、村上先輩はあたしと横山先輩を2、3度見た後、横山先輩の横まで歩いてきた。
横山先輩と村上先輩は言葉を交わさず、村上先輩はあたしの方に笑顔を向けた。




ちゃんやろ」
「はい。……何で名前知ってるんですか」




横山先輩もさっき小さな声だったけどあたしの名前をフルネームで呼んだ。
名前を何で知られてるかなんて予想はつかない。
あたしは人気がある訳でもなく普通なはずだし、何か問題を起こした事がある訳じゃない。
だから素直に疑問に思った事を口にすると、村上先輩は人懐っこい笑顔を浮かべて答えてくれた。




「紙飛行機、飛ばしたやろ?」




紙飛行機を飛ばすような動作を手でしながら、村上先輩はそう言った。
紙飛行機といえば、渋谷先輩に当たってしまったやつしかない。
あの紙飛行機の中には名前と、もし誰かに当たってしまった時の謝罪の言葉を書いてあった。
その紙飛行機を、渋谷先輩は横山先輩と村上先輩に見せたから、二人はあたしの名前を知ってたんだ、そう予想した。
でもじゃあ、何で名前と顔が一致したのかが分からないけど、特に気にする事でもなかったから直ぐに忘れた。




「で、何で此処に居るん?
 すばるか?」
「そうです。帰りに来てって言われたんで」
「そうか。すばるやったら屋上やで」
「知ってます。でもいいんです、待ってますから」




そう言ったら、話しの流れで三人で喋って渋谷先輩を待つ事になった。




喋り始めて15分ほどたった時、さっき村上先輩が入ってきた時みたいに後ろのドアが開いた。
そこには少し不機嫌そうな渋谷先輩が立っていて、真っ直ぐあたしの所までやってきた。




「俺、教室に居らんかったら屋上に居るって言うたやんな?」
「言いましたけど」
「じゃあ何で来てくれへんかったん」
「だって屋上に居るって言うただけで、来てって言うたんは教室です」




そう返したら渋谷先輩は何も言い返せないみたいで、言葉詰まっていた。




「ははっ、ちゃんの方が一枚上手やな」




そう、村上先輩が言って、横山先輩と一緒に笑っていた。
その二人の方を向いて「うっさいわ」と返して、渋谷先輩は再びあたしの方を向いて言った。




「一緒に帰られへん?」




その言葉に頷くと、渋谷先輩は固く張りつめていた表情を少し緩めて、安心したような表情を作った。





それから村上先輩と横山先輩に挨拶をして、渋谷先輩と一緒に昇降口まで下りた。
靴を履き替えながらフと思い出したのは、終礼を終えた後、安田が言っていた言葉。
お互い靴を履き替えて、合流した時に聞いてみた。




「渋谷先輩って、チャリ通じゃなかったですっけ」
「え、知っとったん」
「安田が教えてくれたんですよ」
「ふーん……まぁ、その通りやから…二人乗りでええ、か?」
「大丈夫ですか?あたしほんま重いんですけど」
「いけるいける。お前むっちゃ軽そうやもん」




に、と渋谷先輩は笑って、自転車置き場へとあたしの1歩先を歩いた。


自転車置き場に置いてあった渋谷先輩の自転車は、派手でもなくそれほど地味でもなく、極普通の自転車。
その自転車に先に渋谷先輩が跨って、あたしを後ろに乗るように促した。
あたしが持っていた鞄は、渋谷先輩がさり気なく自分の鞄と一緒に前カゴに入れてくれていた。




「家、何処?」
「駅の近くの住宅街なんで…駅まで行ってもらえれば」
「…俺もあっこの住宅街やで」
「え…じゃあ結構近所かもしれませんね」
「な。どうせやから家まで送ってったるわ。……ちゃんと掴まりや」




何処にも触れていなかったあたしの手の位置を、一度後ろに振り返って確認し、渋谷先輩はあたしの手をそっととって、自分の腹の前に回した。




「ほな、行こか」




渋谷先輩の後ろで風を感じながら、あたしの飛ばした紙飛行機もこんな風に風を感じてたんかな、なんて思った。





















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